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大阪地方裁判所 昭和30年(レ)34号 判決

控訴人 乾徳蔵

被控訴人 国

訴訟代理人 今井丈雄 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、金三九、三〇〇円を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴人において、「控訴人所有の本件自転車の押収は、警察が、憲法の保障する控訴人の言論、集会の自由を弾圧せんがため、予め私服の警察官を幻灯会の現場に派遣せしめ、道路上でなされた集会に対し、恰もこれを通常の交通事犯の如く見なして道路交通取締法(同法自体の違憲を主張するものでなない)を不当に適用して行つた憲法違反の職権濫用行為で違法なものであるから、右押収に引続いてなされた領置処分、いずれも違法なものであり、控訴人の蒙つた損害は国家賠償法第一条に基き請求するものである」と附加陳述したほかは原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

証拠〈省略〉

理由

控訴人主張の事実中、昭和二七年七月一一日、大阪市田辺警察署の司法警察職員が、控訴人を道路交通取締法違反の現行犯人として検挙し、同時に現場に於て、控訴人が占有していた自転車一台を、右犯行の証拠品として押収したこと、及び右自転車は、その后事件と共に、大阪地方検察庁、大阪地方裁判所、大阪高等裁判所に順次送付領置された上、右刑事事件の確定後である昭和二九年九月七日、大阪高等裁判所から控訴人に還付せられたことは当事者間に争いが無く、成立に争のない甲第七号証、同乙第二号証(押収品目録)の欄外部分によると、大阪地方検察庁が右自転車の領置処分を開始したのは昭和二七年七月一四日であることが明らかである。

そこで、本件自転車の押収が、果して控訴人主張の如く、道路交通取締法の適用に名を籍りて言論集会の自由を弾圧した憲法違反行為であるか否かにつき検討するに、先ず成立に争のない甲第三、四号証、乙第一号証と原審証人勝間富夫並びに当審証人伝重夫の各証言を綜合すると、控訴人が司法警察職員に逮捕され、同時に前記自転車が押収されたのは昭和二七年七月一一日午后八時半頃であるとの事実、及びその当時控訴人は外一名の者と共に、大阪市東住吉区桑津町六丁目四〇番地先の東西に通ずる幅員約三間の道路上に於いて、所轄田辺警察署長の許可を受けずに、同道路の南側に映写機を据え、北側の民家の板塀に白幕を張つて幻灯を幻写し、右道路の幅約三間長さ約一〇間の範囲に約四〇名程の人を集めて、その観覧に供していたとの事実が認められる上、さらに右甲第三号証と成立に争のない甲第六号証によれば控訴人の右幻灯映写の催しは、その前日から現場附近に予告のビラを配付し、計画的になされたものであるとの事実を認めることができる。そして控訴人の催した前記幻灯会は昭和二三年五月三一日大阪府規則第三八号大阪府道路交通取締規則第五条第二号にいうところの道路においてなされた「催物」に該当することは明白であるから、同条所定の如く、「その目的、方法、期間及び区域又は場所を具し所轄警察署長の許可を受けなければならない」筋合であつて、控訴人において、その許可を受けていない以上、右控訴人の行為は、右規則が準拠する道路交通取締法第二六条第一項第四号違反行為に一応該当することは、これまた極めて明白なところといわねばならない。ところで次に、かような場合に同法を適用して、いわゆる交通事犯として逮捕し、証拠物件を押収することが、同法の誤つた適用であり、憲法の保障する言論集会の自由を抑圧する行為となるか否かにつき考えるに、憲法の保障する国民の基本的人権たる言論集会等の所謂思想表現の自由はそれ自体の禁止、制限を目的とする行政的取締を受けるべきものでないことはいうまでもないが、それが公共的施設としての道路上においてなされる場合には、公衆の通行その他一般的な道路利用の自由(これまた国民の基本的な自由に属することは言を俟たない)を制約、妨害しないための考慮と、交通安全、危険防止、施設としての道路保護等の各種行政上の必要という公益的要請から各人の放恣な道路使用の集会等が、法令によつて若干の別の合理的制約を受けることも、憲法第一二、二三条の規定や基本的人権相互の調整の必要から、当然に論結されるところであつて、控訴人の言わんとする一般に集会は自由であるから、道路上の集会も取締つてはならないとするが如き見解は到底支持することはできない。言葉を換えて言えば、基本的人権としての集会等の自由の間接的な制約という一面の結果のみを目して、道路取締のための法規の発動が憲法違反の処分であるということはできないのである。

本件自転車が前記道路上の無許可の催物である幻灯の映写に際し幻灯機を載せるために使用された物件であること、控訴人自らの主張するところであるから、控訴人につき右の法規違反としての犯罪現行の嫌疑で司法警察職員が控訴人を逮捕すると同時に右自転車を証拠品として押収することも、刑事訴訟法第二二〇条の規定に照らし、何等違法の点はない。更に犯情として見た場合に於ても、控訴人の目的とする幻灯会のための道路の使用が、前記法令所定の許可申請手続をとることにより充分所期の目的を達し得る見込乃至可能性のある場合に拘らず、敢えてこの正統な手続を執ることなく、無断開催の挙に出でたことは、本件において控訴人自らも合憲視する前記道路交通取締法とその下部法規を故らに無視乃至回避するものと解されても已むを得ざるべく、本件事犯は、他の例えば過失に基くもの又は許可の範囲を若干逸脱して行動した場合の如き、犯情軽微な事例とは些か異るものであつて、同種の違法行為としても取締上看過し難いものと認められたことも、又至当といわねばならない。そしてこの見地から見るときは、事犯着手を事前に探知した警察官が、右のような控訴人の行動に対処すべく、予め私服によつて本件現場に赴いたとしても、そのことをもつて直ちに、控訴人の前記逮捕並びに自転車の押収が道路取締に藉口する言論、集会の抑圧のための職権濫用行為であるとは認め難いし、他に本件自転車の押収が控訴人主張のごとき、法の正当な適用を誤つた違法(特に憲法違反)の処分であるとの事実の証拠は、本件において見出すことができない。そして控訴人の本訴請求原因の主旨は、当初の押収が違法であり、従つてそれを正当として承継した領置も違法であるというにあるところ、当初の押収が違法と為し得ないこと前段叙述の通りであり、その後の大阪地方検察庁、大阪地方裁判所、大阪高等裁判所の領置処分の軽過及びその具体的な手続の点についてはいずれる刑事訴訟法第二一六条、第二〇三条第一項、第二二一条、第一〇一条の諸法条に準拠するものと認められるから、一応適法のものと推定せられ、その違法の点については控訴人の主張、立証しないところであり、又領置されたものの還付についても、事件終結を待つた上、還付手続としての事務処理の都合上若干の日子を要することも已むを得ないところと謂はなければならない。したがつて本件自転車の押収並びに領置が違法な処分であることを前提とする控訴人の本訴請求は、爾余の点につき判断を加える迄もなく、失当であるから、これを棄却すべきものであり、これと同趣旨に出でた原判決は相当であつて、本件控訴はその理由がないから、民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川種一郎 松本保三 右田堯雄)

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